天国は造るもの?
2008.04.06 Sun
天国という概念は世界中にすでに存在してるね。
そして天国は地獄と対比する形で存在する。
理想と現実のような関係かな?
私は親族の関係上、割と宗教に近い所にいたのでパッとそういった概念を使っちゃうんだけど、それって常識じゃないのかな?
かといって私の宗教上のスタンスなんていい加減で、加えてどっかの宗教に属していないといけない。なんていう強迫観念もまったくない。
幼い頃にはキリスト教の牧師さんに「神はいない」と唱えまくった事もある。
「神はいる」のか、それとも「神はある」のかを議論した事もある。
一方でキリスト教の「真理の追求」に関しては大いに興味を抱く。
日本の風習や日本語の根底にある神道的思想にも興味を持ったり、ギリシャ神話のような多神教思想に興味を持ったりもする。
ユダヤ教のタムルードに興味を示したり、ユダヤ教とキリスト教の違いに興味を示したり、手塚治虫の影響で仏教関係の概念も調べたり、カルト宗教の発生と拡大過程を分析したり、まぁ色々としてる。
ただまぁ、社会として信教の自由は規制してはいけないかな、とも思う。
たとえ邪教であっても、それの発生過程においては、なんらかの人の欲求があるわけで、それのはけ口として邪教が生まれざるを得なかったとしたら、それは既存の社会が個人の欲求のはけ口となれなかったという事や、社会を形成している一般常識とも言える共通思想の中に、何らかのバグ(この世の仕組みの誤認識・誤解)があるという事を示しているに他ならないから。
そうした誤解を取り除くためにも、なんとしても「情報共有」が必要なんだけど、そもそも新しい尺度で物事を再分類するという行為自体が困難だから、やっぱり気づけずにやりすごしちゃうのかもね。
ピューリタンによる議会制民主主義の概念は
「一人一人が聖霊によって神から光を与えられている」との前提の下で、
「みんなが小さな光を持ち帰り、会議の中で神の全体的な真理へと近づけるように探究する。」というものだそうな。
キリスト教も「真理の追求」に関しては良い事言ってるね〜。
こんな思想もあるからこそ、私は天国を造る第一段階に「情報共有」を置きたいと考えてる。
ただ、それだけじゃ天国を造るには足りないんで、もっともっと色々と条件を書き連ねる必要があるんすよ。
時間の共有やら、愛の理解やら、財産権の承認やら、権力均衡やら、資本主義の理解やら、自生的秩序形成やら、個体差の理解やら、秩序と混沌の関係やら、二元論やら、力の扱い方やら、本当に色々あるじゃん。
それらの条件を満たせば満たすほど、天国を造るのが容易になっていくし、どんな状況下においても天国を造れるようになっていく。
キリスト教は死後に天国に行くという考え方だし、ユダヤ教は現世を天国に造りかえるという考え方だけど、私は生前も死後も天国を造り続けていきたいと本気で思うんだよね。
だって地獄なんて嫌でしょ?
チベットみたいにいきなり拘束されて去勢手術されたり強姦されたりしたくないでしょ?
いつ裏切られるか分からない、密告されるか分からないという恐怖に永遠に縛られ続けるの嫌でしょ?
嘘の噂を流されて社会的に抹殺されるの嫌でしょ?
いつ革命が起きて支配者層という立場から、命を狙われるようになるかと、人生の終りまで、いやいや死後までも含めて永遠に恐怖し続けるの嫌でしょ?
精神的に健全でないものは確かにあって、地獄も条件がそろえばドミノのように連鎖的に生み出される。
天国主義を造ろうと考えたとき、同時に地獄の造り方も理解してしまうものである。
平和な社会に崩壊因子をぶち込む具体的な戦略が、一瞬のうちに脳裏に形成される。
人は高きに流れるよりも断然、低きに流れる方が簡単だからヤバイ。
地獄は造ろうと思わなくても簡単に造れるが、天国は意図して条件を満たしていかないとなかなか造れない。
世界はまだまだ物量的には豊かだから良いけど、これで資源までも尽きてしまえば、今の世界に生じているような地獄の何倍も酷い、深刻な地獄が常態的に生まれるようになる。
その前に早く「真理」を理解し、無駄のない天国造りをしていかねばならんのだ。
天国造りは資源が減っていけばますます困難になる。
今、政府がネット全体を規制しようと考えているらしいが、そんな事されたら、余計に天国を造るのが困難になる。(政府の行動の何が地獄を生み出す条件を満たしているのでしょう?天国形成の条件開示とともに、地獄形成の条件開示もしていきたいと思ってます)
地獄が生み出される条件が連鎖して満たされそうだから、なんとかしないといけないんだよね。
私は、ユダヤ教でもないけれど、天国は造るもの、とのスタンスで残り50年ほどの人生を進んでいく所存です。
みんなで幸福を共有したい。

